「挨拶しろ」って言わない人になりたい

ぼけたままコンビニに入り、ふにゃっとした笑顔を浮かべて「ごきげんよう」と口走ってしまった朝がありました。私は寝ている間に人格が変わるのか。それとも、さてはこっちが本体か……。

しかし、店員さんが「いらっしゃいませ」と返す硬い表情はフローズンだし、お客さんたちから集中した視線は見事な流鏑馬で、そのいたたまれさに目が覚めました。

変な前置きでしたね。

こからが本題で、某日、

「挨拶するのは当たり前だよね」

と、怒りに近く強い調子で迷いなく話すK氏に、私は心からは頷けずにおりました。

彼の言ってることは合っている。曇りなく、そう思い続けていてほしい。考えを変えてほしいわけではありません。私も日頃は挨拶することを世界の常識だと信じて、条件反射的に実行できるよう訓練しています。でも、違和感をおぼえた。その違和感がどこから来るのか、すぐには言葉で表すことができませんでした。

その場で脳みそをレモンにして意志でギュッと圧をかけて(もののたとえです…)、即座に酸味の効いた言葉を空中に絞り出す瞬発力があったらいいのに。

 

あとで思いついたのは、

「強要するのかい?」

のひとことでした。

喉がつらいとき、心が痛んでいるとき、焦って余裕を失って周りが見えなくなっているとき、どうしても他人に笑顔で挨拶できないコンディションの人もいます。私も、その経験者です。かつて、何かに屈しかけていたときがあった。

そういう人の痛みまで誰しもが共有しなくてもいいけれど、ただ、態度を強要しないでさえくれれば、ことは済みます。黙ってすれ違ってくれればそれで済む一瞬。

分から挨拶しても相手から返事がないと不快に感じてしまうかもしれないけれど、でもやっぱり強要できるものではないな~と思っちゃうのです。

それを超えて、いかなる場合も笑顔で挨拶し切れるパーフェクトな人間には心底感服しますが、出会う人みんなに要求するのは何かが違う。

挨拶させるために脅して、力で相手を意に添わせるような粗暴な人間にはなりたくない。挨拶すべきでしょ、と迫りたくない。

私は「挨拶しろ」って言わない人になりたい。

ただ、自分はしたいことが多いので、きっと、します。

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