れはだいぶ昔の出来事なのだけど、とあるカフェにて。おひとりさまのご年配の女性が、満席でいそがしくドリンクを作っているスタッフさんに、大きな声で「あ~ら、ちょっとごめんなさい、いそがしい時に、本当にごめんなさいね」とさかんに話しかけていました。

何度も何度も「ごめんなさい」をはさむものの、少しも謝っている印象はなく、絶え間なく会話を仕掛けている光景に唖然。

メニューや店内のはり紙が丁寧な説明なのが仇となり(?)、「ねえ、これってどういう意味?」「こっちは何? 英語じゃわかんないんだけど」(カタカナのメニューとか、コーヒー豆の名前とかを)と質問攻勢にするおばさま……💦

ところが、店員さんは手を止めることなく、

感じのよい笑顔ですべてに答え続けていました。これほど神がかった態度は、私には到底とれそうにありません。派遣のお仕事情報でカフェやレストランのホール係募集をよく見かけるのですが、私には無理そう……。

のお客は店員さんと話し終えてもテーブルにつかず、次はコーヒー片手に静かに何かの資料に目を落としていた、若い女性客をターゲットに。「お嬢さん、その服自分で作ったの? 編んだの? え、どこで材料買うの?」(買ったものにしか見えなかったが)と、せっせと話しかけていました。

ところがところが、その”お嬢さん”も驚くほど物腰やわらかで、そのおしゃべりなご婦人を決して拒むことなく接するのでした。穏やかにお洋服のショップを紹介したり、さりげなくおばさんが羽織っていたコートをほめたりしているのが聞こえてきて、その声の優しさにハッとさせられました。

ここで終わると、結構な美談ではないでしょうか。

みんな優しい。世界は愛に満ちている……。

DSC07718
ベンチでのんびり過ごすのもいいですね。

かしその光景に、「私って他人に手厳しいところがあるよなぁ」と気づかれました。私、こういう場面では、絶対にそっけなくする!という自信だけは十分なので💦

田舎だからか、おばちゃん・おばあちゃんに突然話しかけられることは珍しくないのですが、そういう時の私は返事もそこそこに、サッ! とその場を立ち去るのです。

自分のことは自分では当たり前と思ってしまうもので、今までは「いきなり話しかけてくるおばさんってなれなれしい」としか思ったことなかった。しかし誰とでも友達のように接する例のニューヨーク本を読んだ後だと、こういうやりとりも違った角度から見えてきます。お手本のように親切な人の姿を目の当たりにして、ハタと「私が変なのか」と……。

正直言うと、見知らぬ人が接触を図ってくると、なぜか妙に冷ややかな気持ちになるのです。どうしたら直るのだろう。もう少し親切になりたいのですが。

寂しいから話しかけてきたんだろうと見てとれる他人に、何だか温かい気持ちを持てていないです。「寂しいから…」というのが出どころの行動は、間違っているような気がしてしまう。

ただ自分が一人の人間としてちゃんとそこにいればいいだけなのに、存在することまで誰かに頼ろうとしている気配を感じると、やっぱり逃げたくなっちゃうかな……。

たった一つ、強く思っていることがあります。

寂しさは自分で何とかすることを覚えたほうがいい。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中