カテゴリー: 映像・音楽

じゃあ、誰に言われたら聞くのか。

いなる感動に包まれる予定で見始めた映画『英国王のスピーチ』

しかし、どこかの誰かが書いた原稿を読んでいる国王陛下のお姿…を見て、早速「うっ、しまった…」と自分の不明を恥じることと相成りました。あのご時世で王様が個人的なお気持ちを述べられるわけがなく、パブリックスピーチの裏には必ずブレーンがついているんですね。

もちろん、吃音に心を痛めてきたジョージ6世が、緊迫した情勢で是が非でも国民を鼓舞しよう🔥と覚悟を決めて臨んだ世紀のスピーチには、しっかり胸を打たれました。

からこそ残酷に見えたなぁ。あの時ドサッと渡されたスピーチ原稿の束。長すぎるでしょ!
「これを書いた人ってどういう性格だったんだろう? 王様が吃音なのはご存じだったよね」と、一度も顔が映されなかったゴーストな存在が、奇妙に意識されたものです。

そう、スピーチライターのことです。

その後、本屋さんでオバマ前米大統領のスピーチライターの著書とも遭遇。オバマ氏ならば🎤スピーチ内容を考える工程までかかわっていらしたとは推測されるものの、やはり控えていらっしゃるわけです、ライターさん。

この流れで、しばしスピーチライターという職業について、本を読んだり考えたり想像たくましくしたりしました。

スピーチの面白さは、スピーチライター自身がスピーチしても感動を誘うかはわからないところ。イギリス国民はジョージ6世の肉声に強く励まされたのだし、USAの皆様もオバマさんの演説だから胸を熱くしたのです。

 

モチベーション,Yes I Can

「何を話すかより誰が話すかで判断される」

このシビアな現実。

言葉を受け取ってもらえるのは、キャラクターとセリフのイメージに橋が架かった時だけなのです。

のため、同じことを言っても、聞いてもらえる人とそうでもない人がいます。私自身は聞いてもらえないことが多くて、それなりにショック体験済★

 

ここで急遽予定を変更しまして、話を聞いてもらえなかったか場合にどうしてきたかを書きます。

・生まれて初めて否定されたかのように驚かないこと。落ち着く。

・むきになって相手を責めてもいいことない。仕切り直す。

・自分を見直して、変なとこあったらちょこちょこ直しとく。

加えて、
「なぜ、聞く耳を持ってもらえないか」ではなく「この人、誰に(どういう人に)言われたら動く気になるんだろう?」にフォーカスしてみること。

頼関係を築けていなければ発言権をもらえないと気づいたのが、私には大きかったです。人は、意見が正しいか間違っているかではなく、信じられる相手から話を聞きたいのです。「お前が言うな」と思われたらそこで THE END。。

赤の他人が唱える正論ほど、聞いてもらえない率が高いです。(まあ…、そういう正誤ジャッジも、自分の中の基準に照らしたものでしかないのですが)

 

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あとは、社会的地位や権力がありそうな人、流行にのっている人の言うことだったら聞いて、一般人の話は耳に入らないという権威主義のかたも、少なからずいます。そういうことなら向こうの耳の問題なので、無理に相手を変えようとはしない方がいいです。

 

だ、この人の言うことには「聞く価値」がないと思われてしまう原因が、確かに自分の中にあるので、それをつぶしてポジティブな影響力を持たないとな~と思ったりしたな。

 

いろいろに考えて、すっかり話が脱線してしまいました。

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